東京高等裁判所 平成12年(う)1027号 判決 2000年8月29日
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役三年二月に処する。
原審における未決勾留日数中八〇日を右刑に算入する。
理由
一 本件控訴の趣意は、弁護人山本伊知郎作成の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。論旨は、事実誤認及び量刑不当の各主張である。
二 事実誤認の主張について
1 論旨は、要するに、原判決は犯罪事実の第一として、テレホンカード八○枚の窃取を内容とする常習累犯窃盗の事実を認定、判示しているが、被告人はそれらを窃取したのでなく詐取したのであって、詐欺罪が成立するから、原判決には事実の誤認がある、というのである。
2 そこで検討するに、原判決挙示の関係証拠及び被告人の当審公判廷における供述を総合すると、以下の各事実を認めることができる。
(一) 被告人は、横浜市西区浅間町のM薬局から商品を騙し取ろうと考え、客を装って右薬局を訪ね、店番の者と雑談をして顔見知りになった上で、平成一一年七月一〇日ころ、同薬局に赴き、店主の妻で店番をしていたM子(当時六四歳)に対し、中元の進物として使うと嘘を言って、石鹸セット一〇組を取り寄せるよう依頼するとともに、同薬局でテレホンカードも取り扱うことを知って、テレホンカード八○枚(一〇〇〇円相当のカード五〇枚、五〇〇円相当のカード三〇枚)を注文したが、M子は、被告人の注文が真意に出たものと信じて、これを承諾した。
(二) 被告人は、同月一四日、再度同薬局に赴き、M子に対し、近所の大きな家具店の名前の入った名刺を差し出し、そこの二代目であると嘘を言った。これを真に受けたM子は、被告人に対し、石鹸セットの取寄せはまだできていないが、テレホンカードは準備できている旨を伝え、注文どおりの枚数のテレホンカードを販売ケースの上に置いて、「枚数を確認して下さい」と言った。
(三) すると、被告人は、右テレホンカードを手に取って枚数を数える振りをし、さらに、M子に対し、「今若い衆が外で待っているから、これを渡してくる。お金を今払うから、先に渡してくる」と申し出て、金目のものは何も入ってない自分のセカンドバックを店内の椅子の上にわざと残したまま、テレホンカードを持って店外に出た。この申し出を聞いたM子は、被告人が、その言葉どおり、店外にいる連れの者にテレホンカードを渡してすぐに戻り、代金を払ってくれるものと思い込み、被告人がテレホンカードを持ったまま店外へ出ることを目の前で認識しながら、何らとがめることもしなかった。
(四) 被告人は、右のように言い置いて店外に出た後、テレホンカードを携帯したまま、用意してあった自転車に乗って逃走した。
3 右2に認定した各事実によれば、被告人は、前記薬局から商品を詐取する意図のもとに、客を装って同薬局を訪れては機会を狙ううち、テレホンカードを騙し取る意思で、店番をしていたM子に対し、八○枚購入する旨の嘘の注文した上、さらに数日後これを受け取りに赴き、枚数を確認するようにと同人から販売ケースの上に差し出されたテレホンカードを手に取った際、右2(三)掲記の嘘を付いて、その旨誤信した同人に、テレホンカードの店外持ち出しを了解・容認させたもので、もし、M子が被告人の申し出の嘘を見破っていれば、テレホンカードの店外持ち出しを容認せず、直ちに右申し出を拒むとともに、即時その場で代金の仕払いを要求したことは明らかである。これを、要するに、M子は、被告人の一連の虚言により、被告人が近所の家具店の者であって、テレホンカードを購入してくれるものと誤信し、直ぐ戻って来て代金を支払う旨の被告人の嘘に騙されて、注文されたテレホンカード八○枚を被告人に交付したものと認められる。したがって、被告人の行為は、詐欺罪に該当することが明らかである。
この点につき、原判決は、①M子は、枚数を確認させようとして、テレホンカードを被告人の前の販売ケースの上に置いたのであって、その処分を被告人に委ねたとは認められないから、M子の右所為は、詐欺罪における被欺岡者の処分行為に当たらない、②「今若い衆が外で待っているから、これを渡してくる」などと言って店番の女性の気をそらし、その隙に乗じてテレホンカードを持ち去った旨の被告人の捜査段階における供述は、被告人に応対したM子の原審証言とも合致していて信用でき、これに反する被告人の原審公判供述は採用できないとして、本件は窃盗に当たるという結論を導いている。
しかしながら、被告人が、テレホンカードの詐取を意図していたことは、右2に認定した被告人の言動から明らかである。そして、被告人に応対したM子の原審証言には、テレホンカードを盗まれた旨述べた部分があるけれども、これは代金を払わずに持ち去られた事態をそのように表現したものと認められるのであって、その供述の要点は、被告人の言葉に注意を逸らした隙に、テレホンカードを盗まれたというのではなく、同人は、被告人が販売ケースの上のテレホンカードを手に取って店外に持ち出すのをその場で認識していたが、被告人がセカンドバックを店内に残したままであることを見て取り、その際の被告人の右2(三)掲記の言葉を信じて、被告人の右の行動を了解・容認したというにある。すなわち、同人は、欺かれて、テレホンカードを被告人に交付したものというべきである。原判決の判断は首肯できない。
4 以上によれば、テレホンカードの取得について、窃盗罪の成立を認めた原判決は、事実を誤認したものであり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、量刑不当の主張について検討を加えるまでもなく、破棄を免れない。論旨は理由がある。
三 よって、刑訴法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書にしたがい、更に判決することとするが、右二で検討したところから明らかなように、テレホンカードの取得については、当審で追加された予備的訴因に対して犯罪事実を認定するのが相当である。
(罪となるべき事実)
被告人は、次のとおり第一及び第二の各犯行を行った。
第一 購入名下に商品を詐取しようと企て、平成一一年七月一〇日ころ、横浜市西区浅間町<番地略>有限会社M薬局店内において、店主の妻M子(当時六四歳)に対し、近所の家具店の者と偽り、真実は代金支払の意思も能力もないのにこれがあるように装い、中元の進物にする旨嘘を言ってテレホンカード八○枚等を注文してその購入方を申し込んだ上、同日、同月一四日午前一〇時三〇分ころ、同所において、M子から右注文に係るテレホンカード八○枚(販売価格六万五〇〇〇円相当)の枚数を確認するように言われると、これを手に取って数える振りをした上、同人に対し、「今若い衆が外で待っているから、これを渡してくる。お金を今払うから、先に渡してくる。」と嘘を言って、右テレホンカードを店外の連れの者に渡した後直ぐに代金を支払うものと、M子を誤信させ、右テレホンカードを持ち出すことを容認させてこれを店外へ持ち去り、もって人を欺いて財物を交付させた。
第二 原判示の犯罪事実第二と同一である。
(証拠の標目)<省略>
(累犯前科)
原判示の累犯前科と同一である。
(法令の適用)
被告人の判示各所為は、いずれも刑法二四六条一項に該当するが、前記の前科があるので、同法五九条、五六条一項、五七条により三犯の加重をし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の重い第二の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をし、その刑期の範囲内で被告人を懲役三年二月に処し、刑法二一条を適用して、原審における未決勾留日数中八○日を右刑に算入し、原審及び当審における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項ただし書によりいずれも被告人に負担させないこととする。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・高木俊夫、裁判官・飯田喜信、裁判官・高麗邦彦)